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横浜地方裁判所 昭和52年(ワ)1034号 判決

原告

関谷英子

ほか四名

被告

日商宇部コンクリート工業株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告関谷英子に対し金二三二万〇六七九円と内金二一二万〇六七九円につき昭和五一年九月二一日から、内金二〇万円につき昭和五四年六月二〇日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員、原告関谷陽子、同関谷るり子、同関谷光次、同関谷純に対し各金一一一万五三三九円と各内金一〇一万五三三九円につき昭和五一年九月二一日から、各内金一〇万円につき昭和五四年六月二〇日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らのその余を原告らの各負担とする。

四  この判決は原告らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告関谷英子に対し金五三六万五五七九円、同関谷陽子、同関谷るり子、同関谷光次、同関谷純に対し各金二六八万二七八九円及び右各金員に対する昭和五一年九月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外関谷光秋(以下、光秋という。)は、次の事故により死亡した。

(一) 発生日時 昭和五一年九月二一日午後二時三〇分頃

(二) 発生場所 神奈川県相模原市宮下二丁目一七番一号被告日商宇部コンクリート工業株式会社相模原工場(以下、単に相模原工場という。)内

(三) 加害車 大型特殊貨物自動車(コンクリートミキサー車、埼玉八八せ一七七)

運転者 被告高橋光雄

(四) 被害者 光秋

(五) 態様 被告高橋が生コンクリートを積込むため、相模原工場洗車場附近よりバツチヤープラント下部へ加害車を後退して進行中、バツチヤープラント附近に居た光秋に衝突して光秋を転倒させ、加害車後輪で轢いた。

(六) 事故の結果 光秋は本件事故による頭部、顔面部高度挫滅、肋骨骨折等のため即死した。

2  責任原因

(一) 被告高橋

被告高橋は、加害車を後退させてバツチヤープラント(生コンクリート積込み設備)下部に進入するに際し、相模原工場の施設配置上作業車の後退に危険が伴い、特に、本件事故現場においてはセメント風送装置等の作動で騒音が高く、附近の歩行者等にとつて車両の接近を感知しえない状態で、しかも当時、加害車のバツクホーンが故障していたのであるから、後方の安全を十分確認して後退する注意義務があるのにこれを怠り、漫然後退した過失により、加害車後部を光秋に衝突させたものであるから、民法七〇九条にもとづく損害賠償責任がある。

(二) 被告会社

(1) 被告会社は、加害車を自己のために運行の用に供するものであるから、自賠法三条本文にもとづく損害賠償責任がある。

(2) 被告会社は、被告高橋を相模原工場において自動車運転手として雇用する者であるところ、本件事故は、被告高橋がその職務を執行中前記過失により発生させたものであるから、民法七一五条一項にもとづく損害賠償責任がある。

3  損害

(一) 光秋の損害 金二一〇〇万四七六八円

(1) 逸失利益

(イ) 光秋は、大正一二年一〇月三日生れ、北海道の炭坑で働き火薬類等危険物取扱い資格を有していたが、昭和四五年一月末頃被告会社に雇用され、コンクリート原材料検収係として同工場に勤務し、本件事故当時満五二歳で妻及び四人の子を扶養し、被告会社より昭和五一年九月分から昭和五二年八月分までの一年間の給与及び賞与として年間金二四一万六五七四円、住宅費として年間金二六万四〇〇〇円(一か月当り金二万二〇〇〇円)を支給されていた。

(ロ) 従つて、光秋の逸失利益は、右年収から生活費三〇パーセントを控除した金額を基礎として同人の稼働可能年数である六七歳までの間の得べかりし利益を計算し、その金額につき新ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して死亡時の現価に引直して計算した金二〇六〇万四七六八円である。

(241万6574円+26万4000円)×(1-0.3)×10.981=2,060万4768円

(2) 退職金 金四〇万円

(3) 相続

光秋の右損害賠償請求権につき、原告関谷英子(以下、原告英子という。)は光秋の妻として、その余の原告らは光秋の子として、法定相続分に応じ、原告英子はその三分の一に当る金七〇〇万一五八九円を、その余の原告らは各六分の一に当る各金三五〇万〇七九五円を相続した。

(二) 原告らの損害

(1) 葬祭関係費用 金四〇万二六五〇円

(イ) 仏壇仏具一式 金三八万円

(ハ) じゆず 金一万円

(ロ) 仏具小物 金二八〇〇円

(ニ) 戒名記載料 金九八五〇円

葬祭関係費用は原告らがその相続分の割合により負担したので、原告英子につき金一三万四二一七円が、その余の原告らにつき各金六万七一〇八円が各原告の損害となる。

(2) 慰藉料 合計金一〇〇〇万円

原告らは光秋の死亡により精神的苦痛を受け、そのため原告英子は健康を害し、原告関谷純(以下、原告純とという。)は大学を休学し、原告関谷光次(以下、原告光次という。)は高等学校を一時休学し、原告関谷陽子(以下、原告陽子という。)は勤務先の変更を余儀なくされ、原告関谷るり子(以下、原告るり子という。)は縁組が破談となり、かつ、勤務先を身元保証人である父の死亡を理由に解雇される等の被害を受けた。これらの精神的苦痛を慰藉するには原告英子につき金三三三万三三三三三円、その余の原告らにつき各金一六六万六六六七円(以下合計金一〇〇〇万円)が相当である。

(3) 弁護士費用 合計金一一〇万円

原告らは本件事故による損害について被告らの不誠意により任意の支払いを受けることができなかつたので原告ら代理人に本件訴訟遂行を委任し、その費用及び報酬として金一一〇万円の支払いを約束した。

弁護士費用は原告らがその相続分の割合により負担したので、原告英子につき金三六万六六六七円、その余の原告らにつき各金一八万三三三三円が各原告の損害となる。

4  損害の填補

原告らは自賠責保険金一五〇〇万〇六八〇円、労働者災害補償保険法特別給付金一〇〇万円、退職金四〇万円、被告会社社長香典金一万円の合計金一六四一万〇六八〇円の支払いを受けたのでこれを原告らの相続分により分割して、原告英子が金五四七万〇二二七円、その余の原告らが各金二七三万五一一四円を取得したうえ、それぞれ前記損害の一部に填補した。

5  結論

よつて、被告らに対し各自、原告英子は金五三六万五五七九円、その余の原告らは各金二六八万二七八九円と右各金員に対する本件不法行為の日である昭和五一年九月二一日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2

(一)  同2項(一)のうち、被告高橋が加害車を後退させてバツチヤープラント下部に進入するに際し、加害車後部を光秋に衝突させた事実は認めるが、その余の事実は争う。

(二)  同項(二)の(1)の事実は争う。

同項(二)の(2)のうち、被告会社が被告高橋を相模原工場において自動車運転手として雇用していた事実、本件事故が被告高橋の職務執行中発生した事実は認めるが、その余の主張は争う。

3

(一)

(1)  同3項(一)の(1)の(イ)のうち、光秋が大正一二年一〇月三日に生れ、本件事故当時満五二歳で、昭和四五年一月末頃被告会社に雇用されコンクリートの原材料検収係として勤務していた事実、光秋が被告会社から原告ら主張の給与及び賞与を受けていた事実、光秋が原告光次を扶養していた事実は認める。光秋が北海道の炭坑で働き火薬類等危険物取扱い資格を有していた事実は知らない。その余の事実は否認する。なお、光秋に使用させている社宅は、被告会社が第三者から賃借した建物を光秋から一か月金八〇〇〇円を徴収して使用させているものであつて、被告会社は光秋に対し住宅費を支給していない。

同一の(1)の(ロ)の主張は争う。

被告会社は就業規則一九条によつて従業員の停年を五五歳とし、従業員は停年に達した月の末日をもつて退職することが定められているのであるから、光秋は昭和五四年一〇月三一日をもつて退職することになる。ところで、光秋は被告会社においてコンクリート原材料の検収係として単純な軽作業に従事していたが、右職務は専門知識あるいは熟練を要する作業ではないし、光秋の学歴が尋常高等小学校卒であることからしても、光秋が停年後再就職して受け得る賃金は停年前の収入額を著しく下廻ることは明らかである。従つて、光秋の収入は停年時収入の約五〇パーセントとみるか、あるいは賃金センサスの尋常高等小学校卒の学歴欄の年齢別該当欄によるのが相当であり、死亡時の収入額をもつて昭和五四年一一月以降の逸失利益を算定することは相当でない。

又、光秋の生活費控除についても、同人の扶養家族は原告光次のみでその余の原告らはいずれも定職を有して稼働し収入を得ているから、その控除率は五〇パーセントとみるべきである。

更に、中間利息控除方法もライプニツツ式によるべきである。

(2)  同(一)の(2)の事実は認める。

(3)  同(一)の(3)のうち、原告らと光秋との身分関係は認める。

(二)

(1)  同項(二)の(1)の事実は知らない。

原告らは仏壇仏具代金を損害として請求するが、右代金の支払いは本件事故と相当因果関係がない。

被告会社は光秋の葬祭関係費用として金一九六万四三二三円を支払つたし、香典として金三万円を送つているし、被告高橋は香典として金五〇〇〇円を送つているのであるから、被告らに対し右以外に葬祭関係費用の支払いを求めるのは相当でない。

(2)  同(二)の(2)の事実は知らない。

(3)  同(二)の(3)の事実は知らない。

被告らは昭和五一年一二月一五日から昭和五二年七月四日までの間に一七回原告らと示談交渉を行い、算出根拠を示し自賠責保険金を含め損害賠償金二〇〇〇万円を提示し増額の余地もある旨説明した。これに対し原告らは交渉の度毎に要求額を増額していたが突然交渉を中断し、本件訴を提起したものである。

従つて、本件事故による損害は訴訟によらなければ回復し得ないというものではなく、被告らに弁護士費用を負担させることは妥当ではない。

4  同4項の事実は認める。

三  抗弁

本件事故の発生については光秋にも過失があるから過失相殺がなされるべきである。

1  本件事故発生場所の状況

(一) 本件事故発生場所は被告会社の生コンクリート製造工場構内で、構内は砂、砂利等原料置場とセメント貯蔵タンクならびに生コンクリート製造設備、製品積込み設備(バツチヤープラント)、これに製品輸送トラツク(コンクリートミキサー車)の待機する駐車場等で占められ、ミキサー車は構内の待機場所に駐車し積込みの終つたミキサー車がバツチヤープラントを出るとすぐに後退して待機場所から約二〇メートル離れた位置にあるバツチヤープラント下部に進入し生コンクリートを通常約三分間で積込みバツチヤープラントを出て配送に赴く工程となつている。

(二) 相模原工場においてミキサー車への生コンクリートの積込みは、通常、一日延べ七〇台から一〇〇台のミキサー車へ四分ないし七分間隔で連続して行われ、構内のミキサー車待機場所からバツチヤープラントに至る部分は、ミキサー車の後退発着の通路としてミキサー車が頻繁に往来している。本件事故当日も、午前七時三〇分から本件事故のあつた午後二時三六分頃までの間に五二台の積込みがあり、本件事故は五三台目の積込みに際して生じたものであるが、直前の積込みは午後二時三二分、それ以前は午後二時二五分で頻繁にミキサー車が出入りしていた。

又、本件事故当日、構内で最も大きな音を発する機械の運転は停止し、比較的静かな状態であつた。

(三) このように相模原工場の構内はミキサー車あるいは原料輸送トラツクの頻繁に出入りする場所で、人が徒歩で通行することはほとんどなく、まれに自動車運転手と検収係である光秋が通行するだけであつた。

2  被告会社の安全対策と光秋の作業内容

(一) 相模原工場は構内が前記のとおりの状況にあつたため、従業員が構内を歩行することのないよう各従事員の持場に電話を敷設し、従業員間の作業上の連絡はすべて電話で行うこととし、光秋を含め全従業員に対し作業上の連絡はすべて電話で行うべく必要な場合以外の構内歩行を厳重に禁止していた。現に、バツチヤープラント上構部の作業室、検収室、エクスパン積卸し場にはそれぞれ電話が設置されていた。

(二) 光秋は入社以来、入荷原料の検収係として勤務し、入構した原料搬入車を検収室前の計量台で計量し検収することをその職務とし、本件事故発生場所が、バツチヤープラントで積込みを終えたミキサー車発進後、待機場所からミキサー車が速みやかに後退してくる場所であり、その通行頻度が高いことを知つていた。

3  本件事故当日の光秋の行動

光秋は本件事故当日、検収室前で原料のエクスパンを配送してきた大型トラツク(以下、バラ車という。)の計量検収作業を完了し、その後、荷降し状況確認のため、積卸し場に駐車しエクスパンをタンクに移していたバラ車の傍に行き、ランプの点燈で表示されるタンクの満量を確認し、パッチャープラントの開口部斜め前からバツチヤープラント上構部作業場で作業中の被告会社職員訴外渡辺某にセメントの有無を確認したのち二、三分後バツチヤープラント開口部附近で立止まつてかあるいは歩行中かバラ車運転手との会話に気をとられていた際に加害車に轢かれたものである。

4  光秋の過失

光秋は本件事故現場がミキサー車の頻繁に後退進行する危険な場所であることを知り、被告会社から必要な場合以外は構内歩行を禁止され、作業上の連絡は電話でするよう指導され、更に、同人の作業が終了した後同人がバラ車の荷降し状況を確認するのであればランプの点滅により確認できるにもかかわらず、これによることなく本件事故現場へ赴き、バツチヤープラント作業員に声をかけ、その後バラ車の運転手と無用な話をしていたため本件事故に遭遇したものである。

従つて、光秋にも重大な過失があり、その過失割合は光秋が四割、被告高橋が六割とすべきである。

四  抗弁に対する認否

1

(一)  抗弁1項(一)のうち、ミキサー車が生コンクリートを積込むため後退してバツチヤープラント下部に進入していた事実は認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  同(二)のうち、相模原工場において一日延べ七〇台から一〇〇台のミキサー車により生コンクリートが出荷されていた事実及び本件事故発生の時間は認めるが、本件事故当日構内が比較的静かな状態であつた事実は否認する。その余の事実は知らない。

(三)  同(三)の事実は否認する。本件事故現場附近が歩行者の立入禁止とされていた事実はなく、被告会社作業員は本件事故現場附近をしばしば歩行していたし、又、光秋も通常バラ車の荷降し作業の際には本件事故現場附近で標示メーターの確認、荷降し作業の援助等を行つていたもので、被告会社も右作業の実態を認識していた。

2

(一)  同2項(一)の事実は否認する。被告会社の従業員が作業上の連絡を電話で行うことはあつたが、当時、光秋の職場である検収室の電話は故障し、又、エクスパン荷降しの標示メーター附近に電話はなかつた。

(二)  同(二)のうち、光秋が通常原料の検収係として検収室前の計量台で計量し検収作業をしていた事実は認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3項の事実のうち、光秋がバラ車運転手との話に気をとられていた際に加害車に轢かれた事実は否認するが、その余の事実は認める(但し、光秋が加害車に轢かれたのは同人が歩き始めようとした際である。)。

4  同4項の被告らの主張は争う。

(一) 光秋に過失はない。

すなわち、本件事故は、

(1) 本件事故現場附近が、前記のように通常光秋あるいは自動車運転手等が通行し作業する場所であり、かつ、一日に出荷するミキサー車は延べ七〇台から一〇〇台あつたにもかかわらず、相模原工場ではミキサー車が後退して生コンクリートを積込む危険な作業を強いていて、しかも、構内歩行者等に対する安全確保等の対策が立てられていないこと

(2) 車両運転者に対する安全教育と安全運行が徹底されず、現に、車両の点検整備についても安全管理者が立会う態勢になかつたこと

(3) 相模原工場内では常時、相当高い騒音があつたにもかかわらず、後退する車両の誘導員が配置されず、かつ、本件事故当時、加害車のバツクホーンは故障で鳴らなかつたこと

等が原因となつて発生したものである。

(二) 仮に、光秋になんらかの過失があつたとしても、被告らの過失と比較すると軽微なものであるから過失相殺の対象とすることは公平の理念に照らし不当である。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

1  被告高橋

(一)  請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

(二)  右事実に成立に争いのない甲第七ないし第九号証、乙第一ないし第七号証、第九ないし第一一号証を総合すると、以下の事実が認められる。

被告高橋は、被告会社に自動車運転手として雇傭され(この事実は当事者間に争いがない。)、ミキサー車で生コンクリートを作業現場まで運搬する作業に従事していたが、本件事故当日、八王子市内の中央大学建築現場までの生コンクリート運搬作業中四回目の積込みのため、加害車を洗車場附近の別紙見取図〈一〉地点に停車させて出荷指令室へ行つた後、加害車に乗り、前車がバツチヤープラントから出るのを待つて、同日午後二時三〇分頃バツチヤープラントに後退で進入しようとした。被告高橋は、あらかじめバツチヤープラント附近を光秋及び自動車運転手らが歩行していることを知つていたし、特に、加害車のバツクホーンが前日故障し作動してなかつたし、又、加害車のサイドミラーでは加害車後方の死角部分の安全を確認することができない等の状況にあつたのであるから、加害車の運転を開始し後退するに際しあらかじめ後方の安全を十分に確認し、安全な速度で進行する注意義務があるのにこれを怠り、歩行者の有無等後方の安全を確認せず、サイドミラーを一瞥しただけで以後運転席右側の窓から顔を出してハンドル操作を行い時速約一五キロメートルの速度で後退し、同図〈一〉地点から一〇・四メートルの同図〈×〉地点で加害車に背を向けて立つていた光秋に加害車後部を衝突させ、急制動の措置をとつたが間に合わず、光秋を後輪で轢過し、二・三メートル先の同図〈停〉地点で停止した。

以上の事実が認められる。右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

(三)  右認定事実からすると、被告高橋には、バツクホーンが故障で作動しないまま加害車を後退させながら、加害車を後退させるに際しあらかじめ後方の安全を確認せず、かつ、安全な速度で進行しなかつた過失があるといえるから、民法七〇九条にもとづき原告らに対し本件事故の損害賠償責任がある。

2  被告会社

前掲甲第九号証、乙第二、第七号証によれば、被告会社が営業のため加害車を自己の運行の用に供し、本件事故が右運行中に発生した事実が認められるから、被告会社は自賠法三条本文にもとづき原告らに対し本件事故の損害賠償責任がある。

三  損害

1  光秋の逸失利益

(一)  逸失利益 金一五〇〇万三〇二〇円

(1) 請求原因3項(一)の(1)の(イ)のうち、光秋が大正一二年一〇月三日に生れ、本件事故当時満五二歳で昭和四五年一月末頃被告会社に雇傭されコンクリート原材料検収係として勤務し、被告会社より昭和五一年九月分から昭和五二年八月分までの一年間の給与及び賞与として年間金二四一万六五七四円を支給され、原告光次を扶養していた事実は当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第一号証、第一〇号証、第一五号証の一、二、乙第一三号証、原告関谷純本人尋問の結果によれば、被告会社は就業規則によつて、従業員の停年を満五五歳と定め右停年で従業員を退職させている事実、光秋には妻原告英子(昭和五年四月三日生)、長女同陽子、長男同純(ともに昭和二七年七月二〇日生)、二女同るり子(昭和二九年八月一六日生)、二男同光次(昭和三四年八月三〇日生)の五人の家族があり、本件事故当時、原告英子は鉄筋組立工として、又、同陽子、同るり子もそれぞれ就職していたが、同純は大学生、同光次は高校生であつた事実が認められる。

(2) 右事実によると、光秋は本件事故当時満五二歳であるから少くとも満五五歳までは被告会社で稼働し前記給与及び賞与を受け、その後は就労可能年限である満六七歳まで稼働し、昭和五一年賃金センサス産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計、年齢別平均給与額のうち同年齢の男子労働者と同額の収入すなわち満五五歳から満五九歳まで年間金二五七万八六〇〇円、満六〇歳から満六七歳まで年間金一九七万五七〇〇円を下らない収入をあげ、その間生活費として収入の三〇パーセントの支出を余儀なくされるものと推定することができる。

従つて、光秋の右期間の逸失利益をライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除し死亡時の現価に引直して計算すると金一五〇〇万三〇二〇円となる。

241万6574円×(1-0.3)×2,7232=460万6567円

257万8600円×(1-0.3)×(5.7863-3.5459)=404万3966円

197万5700円×(1-0.3)×(10.3796-5.7863)=635万2487円

合計 1500万3020円

原告らは被告会社から右給与及び賞与の他に一か月当り金二万二〇〇〇円の住宅費が支給されていたと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。

(二)  退職金 金四〇万円

請求原因3項(一)の(2)の事実は当事者間に争いがない。

(三)  相続

請求原因3項(一)の(3)のうち、原告らと光秋との身分関係は当事者間に争いがないので、光秋の得べかりし利益合計金一五四〇万三〇二〇円をその相続分に従い原告英子が金五一三万四三四〇円を、その余の原告らは各金二五六万七一七〇円を相続したこととなる。

2  葬祭関係費用

成立に争いのない甲第一三号証によれば、請求原因3項(二)の(1)の事実が認められるが、原告ら主張の仏壇仏具等は遺族が故人の霊を慰めるため永く仏事を行うための用具であるからそのための支出を損害とみてこれを加害者に賠償させることは必ずしも本旨にそつたものといえず、弁論の全趣旨によれば、被告会社が光秋のため社葬を行い相当額の支出をしている事実も認められるのであるから、それ以上に、原告ら主張の葬祭関係費用を本件事故と相当因果関係を有する損害と認めることはできない。

3  慰藉料

前記認定の光秋と原告らの家族関係、光秋の年齢、本件事故の態様、結果の重大、その他諸般の事情を勘案すると慰藉料として原告英子につき金三三〇万円、その余の原告らにつき各金一六〇万円が相当である。

四  過失相殺

1

(一)  抗弁1項(一)のうち、ミキサー車が生コンクリートを積込むため後退してバツチヤープラント下部に進入していた事実、同(二)のうち、相模原工場において一日延べ七〇台から一〇〇台のミキサー車により生コンクリートが出荷されていた事実及び本件事故発生の時間、同2項(二)のうち、光秋が通常原料の検収係として検収室前の計量台で計量し検収作業をしていた事実、同3項の事実(但し、光秋が加害車に衝突した直前の挙動については争いがある。)は当事者間に争いがない。

(二)  右当事者間に争いのない事実に前掲甲第七ないし第九号証、乙第一ないし第七号証、第九ないし第一一号証、原告関谷純本人尋問の結果の一部を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 相模原工場は、構内をコンクリートで舗装し、別紙見取図記載のとおり、原料置場、セメント貯蔵タンク、バツチヤープラント、駐車場、事務所、検収室、出荷指令室を配置し、ミキサー車一六台、小型貨物自動車三台等を保有して、主として生コンクリートの製造、出荷をしている。

ミキサー車が生コンクリートを積込む作業は、運転手がミキサー車を洗車場附近に駐車して出荷指令室で出荷伝票を受け取り、生コンクリートの積込みを終えた前車が出たのち、後退でバツチヤープラント下部に進入し、生コンクリートを約三分間で積込み、出荷のため発進するという工程であつて、それが四分から七分の間隔で連続して行われる。

(2) 相模原工場では、従業員の安全対策として構内で作業中にはヘルメツトを被り、危険な場所での作業の際には互いに声をかけ合い、又、連絡事項があるときは構内電話で連絡するよう指導し、光秋の勤務する検収室、バツチヤープラント上構部の作業室等に構内電話を設置し、更に、ミキサー車の運転手に対しては始業時に三〇分間の車両点検時間を与え、この結果を点検表に記載させ、構内での車両の速度を時速二〇キロメートルに制限し、車両を後退させる際には乗車前に後方の安全を確認するよう注意していた。

(3) 光秋は、被告会社に入社以来、前記検収作業以外に別紙見取図〈二〉地点附近で原料搬入車の荷降し作業を監督し、タンク内の原料の量を示す表示燈の確認等の作業に従事し、そのため、しばしば構内を歩行することがあつた。

(4) 光秋は、本件事故当日の午後二時三〇分頃、同図〈二〉地点に行き、訴外武藤洋がバラ車に積載してきたエキスパンをパイプを通して原料タンクへ荷降しする作業を監督していたが、右タンクが満量となり表示燈が点燈したので、右武藤洋に荷降し作業を停止させ、バツチヤープラント西約五メートルの地点まで行き、同地点から地上六メートルの高さにあるバツチヤープラント上構部作業室の作業員にセメントの出具合を確かめたのち、加害車に背を向け、同図〈×〉地点に立止つていたとき、後退してきた加害車に衝突轢過された。

以上の事実が認められる。右認定に反する原告関谷純本人尋問の結果の一部は措信できず、他に、右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

なお、被告らは、光秋がバラ車運転手訴外武藤洋と話中に加害車に轢かれたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、光秋は、ミキサー車が頻繁に後退して進入する危険な本件事故発生場所に、加害車に背を向けてミキサー車の動静に関心を払うことなく立つていたのであるから、光秋にも過失があるとしなければならない。

しかし、被告会社は、作業の必要から従業員が同図〈二〉地点附近を歩行する実情にあつたにかかわらず、単に、自動車運転手に後退の際の一般的な注意を与えていたにすぎず、後退の際の誘導や、歩行者に対する安全確保について格別の配慮をせず、車両点検にも指導監督が行届かなかつた点があり、被告高橋の過失内容に以上の点を合わせ考えると、本件事故の過失割合は光秋が一割、被告高橋が九割とするのが相当である。

そして、光秋の過失を被害者側の過失とするのが相当であるから、原告らの損害を定めるに当つても右同一の割合により減殺すべきである。

3  原告らの各損害に対し右割合に従い過失相殺による減額をすると、原告英子の損害は金七五九万〇九〇六円、その余の原告らの損害は各金三七五万〇四五三円となる。

五  損害の填補

請求原因4項の事実は当事者間に争いがないから、残余の損害は原告英子金二一二万〇六七九円、その余の原告らは各金一〇一万五三三九円となる。

六  弁護士費用

本件訴訟の経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、被告らにおいて負担すべき弁護士費用は原告英子につき金二〇万円、その余の原告らにつき各金一〇万円が相当である。

七  結論

よつて、原告らの本訴請求は被告らに対し各自、原告英子が金二三二万〇六七九円と内金二一二万〇六七九円につき本件事故の日である昭和五一年九月二一日から、内金二〇万円につき本訴判決言渡しの日の翌日である昭和五四年六月二〇日からそれぞれ支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、又、その余の原告らが各金一一一万五三三九円と各内金一〇一万五三三九円につき前記昭和五一年九月二一日から、各内金一〇万円につき前記昭和五四年六月二〇日からそれぞれ支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高瀬秀雄 菅原敏彦 豊永多門)

別紙 見取図

〈省略〉

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